安全に対する責任の所在
みなさま、こんにちは。
文化財構造計画の冨永です。
前回に引き続き、文化財建造物に耐震補強の必要性について述べていきたいと思います。
前回では、耐震補強をする理由を考えるとき、「人」に対する安全性をどう考えていくかが重要となることを記述しました。
では、文化財建造物「人」に対する安全性をどの程度にするかという判断は誰が行うのでしょうか。
① 設計者
② 学識経験者
③ 文化庁
④ 所有者
その中で、安全性への具体的な提案をするのは、①の設計者になるでしょう。修理の委員会などがあれば、委員となった②の学識経験者の方からもいろいろ意見を言われるかもしれません。
しかし、彼らは真の意味での決定者ではありません。なぜならば、彼らは所有者からの委託によって業務を行う立場だからです。設計者は設計に対して責任がありますので、委託された内容に不備があった場合には責任を取らなければなりませんが、安全の方針のような重大な事項については、所有者との合意なしに進めることはできません。委員会の委員も同じように所有者からの委託ですし、多くの場合は指導・助言の範囲の権限となっており、安全に責任をもつという立場ではないはずです。
では、文化財を統括する文化庁の責任や権限はどうでしょうか。文化財関連の法規には次のように記載されております。
文化財保護法
第四条 文化財の所有者その他の関係者は、文化財の所有者その他の関係者は、文化財が貴重な国民的財産であることを自覚し、これを公共のために大切に保存するとともに、できるだけこれを公開する等その文化的活用に努めなければならない。
第三十条 文化庁長官は、重要文化財の所有者に対し、重要文化財の管理に関し、必要な指示をすることができる。
第三十一条 重要文化財の所有者は、この法律並びにこれに基いて発する文部科学省令及び文化庁長官の指示に従い、重要文化財を管理しなければならない。
文化財建造物等の地震時における安全性確保に関する指針
1総論 1-1 (前略)文化財建造物等には、維持管理・定期的な補修・立地条件・使用方法などの点で、耐震上の問題を有するものが必要であり、地震地の安全性確保が必要である。(中略)これらのことは、所有者・管理責任者・管理団体(以下「所有者等」という。)が主体となって行うものであるが、地震被害の想定およびその被害を防ぐための対処案の作成や根本的な大修理の必要性の検討等、専門的な事項については、建築専門家の意見を参考にすることが望ましい。(以下略)
これらの条文によると、文化庁は権限として所有者に対して安全に対して指示することができるのでしょう。ただ、先ほどの「文化財建造物等の地震時における安全確保に関する指針」の内容から、安全性の確保は所有者が主体となって行うことと書かれております。そのため、個別に指示がない限りは、所有者が主体となって行うことになるかと思います。これまで私が文化庁と協議している範囲においても、安全対策は所有者の判断によって行う行為であると聞いております。
以上のことから、「安全についての責任は、所有者が負うべきもの」ということになります。ようは、一般の建築物と同じということですね。となると重要文化財以外の文化財においても同じことが言えるかと思います。そのため、安全に対する設定も、所有者が行わねばなりません。
ただ繰り返しになりますが、その具体的な内容については、建築専門家である設計者等の助言を得て行うことになります。設計者が社会上適正な安全設定を行い、所有者に説明し、所有者が了解をするというステップが必要になります。
そのため、所有者と専門家の間で安全に関するコンセンサスを持つことが重要となります。
今回はここまでとし、次回において具体的な安全性の設定について考えていきたいと思います。
文化庁:国宝・重要文化財建造物パンフレット