-文化財を守ることと人を守ること-
みなさま、こんにちは。
文化財構造計画の冨永です。
これまでは、安全とはどういうことかを考えてきました。ここで初めの議題に戻り、文化財と安全の関係について考えたいと思います。
「文化財的な価値を守るためなら、安全でなくてもよい。」
「安全のためなら、文化財的な価値は失われても仕方がない。」
文化財をとるのか安全をとるのか。極論をいうとこの二択になりますが、どちらも選べない考え方ですね。文化財建造物の場合、補強をするかしないかという選択を行うことから、文化財と安全は対立する事項であるかのように考えがちです。しかし、実はそれが問題を迷宮入りさせる原因になっています。
文化財保護と安全確保とは、相反する行為なのではなく、次元の違う行為と考えるべきではないかと思います。ディベートの事例でもあったように、文化財の価値を損ねないことが、人が傷ついてもよい理由にはなりません。ある価値観で違う次元での価値観を否定することは不可能なのです。
文化財建造物は、文字通り「文化財」と「建造物」の両方の機能と価値を有しています。物体としての文化財的な価値だけでなく、建造物としての機能を同時に有していることも、文化財建造物の価値と言えると思います。建造物としての機能を有するためには、建造物として社会に受け入れられるための条件を満たす必要があります。安全確保はそのひとつになります。つまり、文化財建造物は、文化財的側面と建造物的側面を持つ存在であることから、文化財と安全という二つの次元の違う価値を保有しているのです。
文化財建造物の耐震補強の問題は、次元の異なる価値観がひとつの建物の中で互いに干渉することで生じる葛藤です。文化財建造物自体が両方の価値観で評価される存在である以上、どちらかの価値観で他を否定しても、その葛藤を解消することは出来ません。それぞれの価値観を対立させるのではなく、「両方の価値を有することを前提とした文化財建造物の総合的なかたちとは何か」という大局からの包括的な修理方針が必要となります。
みなさまの考える「文化財建造物のかたち」は、文化財と建造物のどちらかに偏ってませんか?どちらかにウェイトを置きすぎると他を受け入れられなくなってしまいます。私もそうならないように気をつけているのですが、愛着があるとなかなか難しいですね。
文化財は未来への預かりものです。自分の思いだけに縛られず、冷静にニュートラルに取り組んでいきたいですね。
では、今回はこの辺で。