-安全についてのディベート-
みなさま、こんにちは。
文化財構造計画の冨永です。
前回に引き続き、文化財建造物に耐震補強の必要性について述べていきたいと思います。
前回では、誰が安全に対して責任を持つのかということについて考察をしました。
安全に対しては、文化財建造物を管理する所有者や管理者の責任となります。委託された設計者は、それを意識して安全性の設定をしなければなりませんし、所有者にきっちりその内容を伝達する義務があります。
では、具体的に人に対する安全性とはどのくらい必要なのでしょうか。
その問題を考える上で、次のようなエピソードがあります。
これは、私が以前に文化財建造物保存修理技術者の研修において構造の授業をしたときのことです。ただ講義をしても皆さん自分が今直面している問題以外のことにはなかなか力が入りませんので、文化財建造物の安全性について次のようなディベートをしてみました。
まず以下の内容のアンケートをとりました。
Q.文化財建造物にはどの程度の安全性が必要だと思いますか。
① 文化財なので、安全性は必要ない。
② 文化財なので、一般の建物ほどの安全性は必要ないが、そこそこはあったほうがいい。
③ 文化財だけれども、一般の建物と同じくらいの安全性が必要だ。
④ 文化財だからこそ、一般の建物よりも高い安全性が必要だ。
十数人の生徒だったと思いますが、①は0、②が7割、③が3割、④が0という結果でした。
その次がディベートです。設定は以下のような設定です。
【文化財建造物の修理をして一般の建物ほどの安全性には満たないそこそこの補強をしました。その後、地震が来て周りの建物が倒れていないのに、その文化財建造物だけが倒れ、中にいる人が亡くなってしまいました。被害者の遺族が設計者と所有者に状況の説明を求めに来ました。それぞれの立場で話し合いをしてください。】
②と答えた生徒の二人を設計者と所有者とし、③と答えた生徒二人を被害者の遺族としました。
遺族 「どうしてこの建物だけが倒れたのですか。」
所有者「(設計者に)どうしてなんですか。」
設計者「周りの建物よりも耐震性が低いからです。」
遺族 「どうしてこの建物だけが低いのですか。」
設計者「補強をすると文化財の価値が損なわれるので、耐震性を低くしました。。。」
このあたりで、設計者は相手を見て話すことができません。それが遺族に対して有効な説明理由になっていないことを知っているからです。
遺族 「文化財の価値を守るために、私の家族は犠牲になったのですか。」
設計者「・・・・」
遺族 「設計者としてそれでよいと判断したのですか。」
遺族 「人の命をかけてまでも、文化財を守る必要があったのですか。」
・
・
このディベートは本当に最悪の事態を設定したものです。縁起でもないものかもしれません。
しかし、これは起こりうる事態です。設計者には、最悪の事態に対して自分がどういう想定で設計をしていたのかを説明する義務があります。安全性の設定がどれだけ重要な判断であり、責任の重い行為であることを理解してもらいたくてディベートを行いました。
生徒のみなさんには、設計者としての職責というものを改めて考えてもらえたように思います。
人に対する安全性に対しては多くの責任が伴うため、慎重に検討すべき課題です。個人の感覚で決められるものではありません。では、どのように決めればよいのでしょうか。
今回はここまでとして、次回に続きたいと思います。
平成19年能登半島地震被災建物