-安全に対する社会のコンセンサス-
みなさま、こんにちは。
文化財構造計画の冨永です。
今回は、引き続き文化財建造物の安全性の設定について書いていこうと思います。
新築の建物であれば、安全性については法律に則って設計をすればよいので、特に議論になることはありません。しかし、重要文化財の場合は、建築基準法第3条において、基準法の適用除外となります。また設計法というものも確立されたものはありません。そのため、安全性については、個別に定義をしていくことになります。では、安全性とはどのように設定すればよいのでしょうか。
文化財建造物の保存修理の際には、有識者を集めて委員会を設置し、修理の方針を協議する場合もあります。その際に構造補強についても議題となるのですが、その際に構造設計者はよく悪者になります。
「どうして構造屋はそんなに安全にしたがるんだ!文化財のことをもっと考えなさい!」
とまでは言われませんが、割とそれに近いことはよく言われます。また、これは考えすぎかもしれませんが、
「おまえが補強をしなくてよいといえば、すべて丸く収まるだろ。」
という空気さえも時には流れているような気もします。構造補強は、文化財に手を加えることになるため、極力したくないことはよく判りますし、私も同じ気持ちです。本当は、
「では、『地震に対して安全でなくてもよい』と責任を持って言っていただければ、補強はしなくてよいと言います。」
と言いたいのですが、そんなことはとても言えないんですよね(笑)。
ここで問題なのは、設計者が安全という目標を決めているかのように受け取られていることです。設計者は安全という目標を満たすための手段を提示する立場であって、安全という概念を決める立場ではありません。
安全というのは、定義することがとても難しい問題です。そもそも、耐震において絶対的な安全というものは存在しません。どこまで大きな地震が起きるかが判らない以上、絶対に地震に壊れない建物の耐震性能を定めることはできないからです。社会において、これくらいの地震力には耐えられる設計しましょうという共通概念・コンセンサスがあるからこそ、耐震設計ができるのです。
ですので、社会が異なれば安全性についての考え方も異なります。東南アジアやヨーロッパなどの違う文化・社会であれば法律も安全に対する考え方も日本とは異なりますし、今の日本と100年前、200年前の日本でも安全に対する考え方は異なるでしょう。文化財建造物が建設された当時と現在では、社会の安全に対する概念が異なっているので、必要な耐震性が当然異なってきます。耐震診断で耐震性が不足していたとしてもなんの不思議もありません。
我々が今、文化財修理において直面している問題は、
「この現代社会において、日本で文化財建造物を将来に対して保存していくために、どのような安全性が必要か。」
ということですね。となれば、耐震上安全にするということは、「今の社会での安全とされる水準を満たすこと」が設計上の目指す目標となります。
ですので、文化財建造物の安全性については、社会で求められる建物の安全を基準に検討する必要があります。
今回はここまでとして、次回に引き継ぎたいと思います。
重要文化財 旧富岡製糸場 東置繭所 /群馬