みなさま、こんにちは。
文化財構造計画の冨永です。
ブータンシリーズの最終回として、ブータンの歴史的建造物の保存について考えたいと思います。
歴史的建造物を保存する上での一番の問題点とは何か。ほとんどのブータン人が古い建物に対して価値を見出していないことではないかと思います。
実は、現在の時点ではブータンに文化財建造物というものはありません。建造物への文化財指定制度がないからです。いま、それを模索している最中とのことです。文化財に指定をするためには、どの建物にどのような歴史的な価値があるのかということを調査する必要があります。様式や部材による年代の判定方法や技術の類型化など、工学的な面での課題点も多くあるようです。
そういった工学的な問題点はきちんと取り組めば、いずれ解決していくことかと思います。しかしそれ以前に、「古い建物には歴史的価値がある」という概念を持たなければ、保存に取り組むこと自体が始まりません。
ブータン人に古い物を大切に思う気持ちがないわけではありません。むしろ民族の伝統については、日本よりも意識が高いように思います。ただ、ブータンでは物質的なものよりも精神的なものに価値をおいています。
例えば、古い壁画があった場合、日本ですとその壁画自体の意匠性や材料、技法なども含めて、壁画自体を保存することを考えます。ところがブータンにおいては、その壁画に宿る魂を抜いて新しい壁画に移してしまえば、その古い壁画は壊しても良いと考えます。つまり、重要なものは、画自体ではなく画に宿る魂と考えているのです。
また、寺院の歴史的価値については、誰が設立した寺院なのかといった縁起のほうが重要視され、建物自体がいつ建てられたものであるかということは特に注意が払われていません。建物という器ではなく、寺院という用途に対して価値を重視していることなのだと思います。
日本での歴史的建造物の保存について考えるとき、その建物の歴史的価値を理解することで建物を保存する意識が芽生えるということがあります。それは、「歴史的価値のある建物を保存することは重要なことである」という共通認識があるからこそ成立する話です。
ところが、ブータンでは大多数が古い建物に価値を見いだしていないのです。所有者自身も、また周囲の人々も建造物に歴史的価値を感じていない状況において、歴史的な価値の重要性を説いてもそれを理解してもらうことは非常に難しいと思います。
また、そのように異なった価値観を持つ人たちに、我々の建物に対する価値観を押しつけること自体も、本当に適切な行為なのかとも思います。
ただ彼らにとっても安全性が必要だという価値基準ははっきりしているので、私の立場とすれば、歴史的建造物が安全性だけを理由に壊されないようにするために、技術的な協力ができればと考えています。
このプロジェクトが始まる前に、ブータンで働く日本の方から、
「海外からの調査の多くは、調査した結果が現地に何の役にも立たないものが多い。調査する人のための海外協力ではなく、現地の人に役立つ海外協力がほしい」
という話をよく聞きました。
様々な価値観の中で誰が何を必要としているのか。自分の価値観にだけ引っ張られるのではなく、広い視点でものを判断していく必要があることを、このプロジェクトを通して改めて考えさせられました。
タシチョ・ゾンに向かうブータンの人々(石田香澄氏撮影)