-補強で守るものは何か-
みなさま、こんにちは。
文化財構造計画の冨永です。
今回は、「文化財建造物に耐震補強は必要なのか」というテーマで書いてみたいと思います。
とても大きいテーマなので、何回かに分けて書いていくことになります。
文化財建造物の耐震診断と耐震補強を進めていく上で、最も根源的な疑問が、この「文化財建造物に耐震補強は必要なのか」ということではないでしょうか。耐震診断の間は「耐震性は必要だ」と言っている人も、補強案を目の前にすると「そもそも耐震補強をする必要があるのか」と口にされることがあります。また声には出さなくても、みな心のどこかでそう思っているでしょうし、補強を計画している私ですらそう思うことがよくあります。
では、どうして文化財建造物に耐震補強が必要なのでしょうか。
次の3つの理由が考えられます。
① 地震で建物が倒れて、建物の部材が壊れないようにするため
② 地震で建物が倒れて、人が傷つかないようにするため
③ 地震で建物が倒れて、中にある品物が壊れないようにするため
耐震補強で地震から守っているのは、建物、人、物のどれでしょうか。
地震で建物が倒壊することで当然建物は傷みます。文化財建造物の部材の中には非常に意匠の優れたもの、今では手に入らない材料、復原不可能な技術で加工されたものなど一度失われてしまえば、二度と取り戻すことができないものもあります。その建物にしかない特徴的なものであれば、なおさら貴重です。このような場合には、破損しないように対策として、耐震補強を行うことも考えられます。
建物の人に対する安全性は、社会的にとても重要な事項です。日本では、建築物を新しく建てる際には、地震に対する安全性を確保するよう法律で義務付けられています。文化財建造物であっても、新しい建物と同様に内部や周辺で人が利用する場合には、人の安全を確保する必要がでて来ることになります。逆に人がまったく立ち入らないのであれば、当然ながら安全性確保のための補強は必要ないことになります。
最後に③についてですが、文化財建造物の内部にあり、壊れてはならない品物とは何でしょう。本堂の中にある仏像や本殿のご神体、書院のふすま絵などがそれに当たります。また他にも、博物館用途で建てられたもの、近年に博物館や美術館として使用されているものなども貴重な品物を収容しています。それの品物らには建造物とは別に美術工芸品として文化財指定されている物もあります。これらは建造物とは違った意味での価値を持っています。近年では、そういったものは保護のために収蔵庫に収納してしまうケースもよくありますが、建物の中に置かれていることで複合的に価値を増すものもあります。ですので、内部の品物を守るために耐震補強を行うことも十分にありうることでしょう。
どの目的で耐震補強を行うのかは、文化財の用途によって変わってきます。守る対象が全くないかもしれないし、3つすべてかもしれません。それらの必要に応じて補強の有無や性能を設定する必要があります。
ただ、ほとんどの建物において「人」が守るべき対象になります。建造物のほとんどは、人が内部に入ることや周囲に近づくことを前提に建てられているからです。そのため、それらの耐震性を考える場合には、どうしても「人」の安全性を切り離すことができないのです。
そのため、建物の耐震補強の必要性を考える上では、「人に対する安全性をどう考えるか」ということが最も重要となります。
では、今回はここまでとして、次回には人に対する安全性について記述したいと思います。
重要文化財旧岩崎家住宅 洋館/東京