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業務の流れ

耐震診断・構造補強設計

耐震診断・補強設計はいくつかのステップを経て、補強工事に至ります。構造体の種類や診断に必要な情報がどれだけ事前にあるかで必要な調査の内容や診断の方法が変わってきますし、それにかかる費用も変わります。ここでは、耐震診断・補強設計で必要な調査や検討項目について、事例を通して説明を行います。

重要文化財 日本聖公会奈良基督教会 親愛幼稚園舎

ここでは、奈良市にある「重要文化財 日本聖公会奈良基督教会 親愛幼稚園舎」の耐震補強工事を例に挙げてご説明したいと思います。この幼稚園舎は、日本聖公会奈良基督教会に付属する幼稚園の園舎で、昭和5年の竣工になります。平成9年に国の登録有形文化財に登録され、その後、平成27年に重要文化財(建造物)に指定されました。

  • 1 資料調査
  • 2 実測調査
  • 3 目視調査
  • 4 地盤調査
  • 5 物性調査
  • 6 耐震診断
  • 7 構造補強案の策定
  • 8 構造補強の実施設計
  • 9 工事監理

1資料調査

さまざまな調査を始める前に、まずはどのような資料があるかを確認します。建設時の設計図書や地盤調査の資料、改修工事の設計図書や写真、その他調査の資料などがそれにあたります。重複した調査を行っても無駄になるので、現状をしっかり調査して最小限度の調査となるよう調査計画を策定します。また、活断層や地震歴など公開されている資料も必要となるので入手しておきます。

参考事例 親愛幼稚園舎では…

設計時の図面が何枚かありましたが、現状の建物のとおりの図面ではありませんでした。計画案の図面や、変更しながら工事を行ったのかもしれません。また、便所については後世に改修されておりました。そのため、実測調査を行って図面を作成することとなりました。

当初設計図面(日本聖公会奈良基督教会蔵) 「J-SHIS(防災科学技術研究所)」により公開されている地震動予測地図

2実測調査

耐震診断は、それに必要な図面がなければ行うことはできません。耐震診断には、平面図、断面図等の一般図のほかに軸組図や小屋や床の伏図が必要となります。建物の図面がない場合には実測を行い、図面を作成します。

参考事例 親愛幼稚園舎では…

当初図面はあったものの現状の正確な平面図がなかったため、詳細な平面図と小屋伏図、軸組図を実測して作成しました。

平面図 軸組図

3目視調査

建物の図面がある場合でも、それが正確なものかどうか、また図面に記載されていない部分がどのようになっているかを調査する必要があります。また、破損が生じていないか、劣化が生じていないかなど構造性能に影響する構造体の状況を調査します。

参考事例 親愛幼稚園舎では…

小屋裏、床下の実測とともに仕様や状態の調査をしました。それによって不安定なトラス梁の納まりや、当初から設置されている水平鉄筋ブレースなどを確認することができました。

小屋裏の状況

4地盤調査

建物が建つ地盤は、建物を鉛直方向に支持するとともに、地震が起きたときには基礎を通じて地震動を伝えることとなります。地盤はその土質と固さによって地震力の増幅度合いが変わってきます。そのため、耐震診断を行う際には、現状で建物を支持できているか、液状化は生じないか、地震力の増幅はどの程度かということを調査します。

参考事例 親愛幼稚園舎では…

南側が崖になっているため、どのような地層構成かを調べる地盤調査を行いました。その結果、若干南側に下がるものの比較的しっかりした洪積層の上に建ち液状化の可能性の低い、地震動が中程度増幅すると考えられる地盤であることがわかりました。

地盤調査の状況と結果

5物性調査

構造体が木造である場合は、樹種によって固さや強度が推定できますが、煉瓦造などは建物によって煉瓦強度、目地強度が著しく異なるため、建物から構造体の一部を採取して強度や固さを計測します。

参考事例 親愛幼稚園舎では…

目視調査から柱はひのき、梁は松であることが分かりましたので、その標準的な値を用いて耐震診断を行っております。
煉瓦造建築の場合は、壁の耐力を測定するために、建物から円柱状に壁を抜き出して強度試験を行いますので、その例を示しておきます。

煉瓦コア採取状況 煉瓦要素体強度試験

6耐震診断

建物の構造体や地盤の特性などの構造調査が終われば、次に耐震診断を行います。
まず、耐震診断の方針を定めます。どのような耐震性能を求めて、どのような方法で検討をするのかということが重要となります。建物の用途や構造特性からそれらを判断し、耐震診断のルールを定めます。
次に地盤調査や付近の活断層など環境のデータまとめ、地盤や地震動など建物をとりまく状況について整理を行います。
その後、各部分の荷重の積算や壁などの構造要素について整理し、建物の構造体モデルを作成します。そのモデルに地震力に相当する外力を加え、変形した状態の変形や部材にかかる力を確認します。
例えば、限界耐力計算法という診断方法で行う場合には、想定する地震力時の変形角が倒壊にいたる変形角まで達しているかどうかで判断を行います。それと同時に変形時に柱など部材の折損がないかも確認します。

参考事例 親愛幼稚園舎では…

建物の詳細な確認と補強を最小限度になるよう設計の自由度を上げるために、立体フレームモデルを用いた限界耐力計算法で検討を行い、部材ごとの応力と変形を算出しました。
その結果、大地震動時に変形が大きくなり倒壊の恐れがあること、柱の折損が生じる可能性のある箇所があること、力がうまく伝達できないところがあるなど、耐震性が不足していることが判明し、補強案を策定することとなりました。

解析モデルと解析結果

7構造補強案の策定

設定した必要耐震性能に対して建物の性能が不足していた場合、解決策のひとつとして耐震補強があります。内部に立ち入らないなど用途を変更することで、耐震補強を行わずに解決する方法もありますが、これまでどおりに使用するのであれば、補強を行う必要があります。
文化財建造物の場合には、補強によってその文化財的価値を極力損ねないように工夫しなければなりません。そのため、補強によって意匠などが損なわれてしまう場合には、様々な角度から補強案を策定して比較検討し、最もよい方法を選択することが必要となります。

参考事例 親愛幼稚園舎では…

親愛幼稚園舎においては、まず意匠を変えずにできる補強が屋根の葺土を取り除いて軽量化することなのですが、屋根の葺替工事は費用と時間がかかるため、今回は屋根の葺土はとらずに補強を行うこととなりました。土をとらない条件で必要最小限度の補強を行い、将来瓦が傷んで葺替を行う際には、そこで葺土を取り除くことで、さらに耐震性を向上させるという方針になりました。
梁間方向の補強案として、壁を設置する補強案と鉄骨フレームの補強案2案の計3案について検討いたしました。その結果、当初の設計意図である建具を開放すると全体を大きな
1室として使うことができる特徴を残すことと、間仕切筋から部屋内に柱がでていては園児がけがをする恐れがあるため、間仕切筋内に鉄骨を納める補強案2が採用となりました。
そのほかに耐力壁が不足する通りや柱が折損する箇所、力がうまく伝達できない箇所などに適宜補強を行いました。

補強案1:耐力壁補強 補強案2:鉄骨フレーム補強[1](間仕切筋に設置) 補強案3:鉄骨フレーム補強[2](間仕切筋からずらして梁を見せない) 構造補強案概要

8構造補強の実施設計

補強案が決まれば、次はその実施設計となります。工事ができるように具体的な図面を作成していきます。ここで基礎の納まりや鉄骨柱をどの位置に施工できるかなど詳細な検討を行います。この図面を元に積算を行い、工事費を算出します。

参考事例 親愛幼稚園舎では…

(親愛幼稚園舎においては、)補強案に基づいて補強部分の実施設計図面を作成しました。補強工事は補強の図面だけでなくそれを取り付けるために、必要な解体と復旧、また付随して行う工事があればその計画も必要となります。

実施設計図(鉄骨補強)

9工事監理

設計図書をとりまとめた後に施工業者の選定を行い、いよいよ工事が始まります。設計図書があるので後はそのまま作ってもらうだけ、という訳には参りません。
外部から見える部分でどれだけ想定しても、解体してみれば想定したものとは異なるところが多々あります。また、解体によって改造前の痕跡などが出てくると、その部分を残さなければなりません。
文化財として価値のある部分を少しでも残すため、新たなことが分かるたびに、構造補強を修正していきます。それぞれの補強部材もきちんと施工されるように協議と検査を行って進めていきます。
また、正しく構造補強の性能が発揮できるように部材の納まりのチェックを詳細に行います。構造補強はどれだけよい設計をしても正しくとりついていなければ何の意味もなしません。確実に取り付けて初めて、耐震補強となります。

参考事例 親愛幼稚園舎では…

構造補強部分の監理を行う中で合板耐力壁を取り付ける予定の土壁の内部に筋違があったため、両面貼とするところを片面貼にすることで薄くし、耐力が減るのを補うために補強の範囲を増やしました。また、鉄骨を取り付けるために切断した根太も当初の長さがわかるように一部はそのまま戻して復旧しました。
夏休み期間中での工事であったため、工事内容に対して工期が非常に短く、施工者とは連日の現地確認・協議・検査となりましたが、期日内にきちんと施工することができました。
補強後の姿については、幼稚園・教会の皆様には喜んでいただけたようなので、設計者としてはうれしい限りです。

鉄骨補強施工状況 合板補強壁施工状況 竣工後 室内状況

さいごに

耐震診断・耐震補強は、基本的にこのように進んで参りますが、建物や所有者の方のご事情で進め方は異なって参ります。耐震診断において第一段階としてどこまでを進めれば最も効率がよいかという業務の区切りの問題や、耐震補強だけでなく、建物自体の劣化に対する修理、設備の更新、活用の変更などとも平行して協議を進める必要がある場合もあります。そのため、まずは現段階でのご事情やお考えをお伺いして、全体の計画を検討した上で、私たちにできることをご提案したいと思います。

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