-リスクとしての考え方-
みなさま、こんにちは。
文化財構造計画の冨永です。
今回は、建造物の安全管理について、リスク管理という考え方から述べていきたいと思います。
「耐震補強をしても地震が来たときに絶対に壊れない訳ではない。同じ壊れるならば、補強をしなくても同じではないのか?」
補強について、このように言われることもあります。確かに、とてつもない大きな地震が来たときでも壊れないと言い切れるものはありません。だが、耐震補強をした場合には、より大きな地震に耐えられるため、地震に対して壊れる可能性が低くなりますので、同じではありません。これは「人間はいずれ死ぬのだから今殺しても同じだ。」というのと同じ論法の詭弁ではないかと思います。
ただ、この発言者もそれが詭弁であることは分かっていると思います。おそらく、この発言は補強を行うことになんとなく納得いかないことの現れではないかと思います。「地震のように来るか来ないか分からないもののために、なぜ今文化財の価値を部分的に損ねてまで実施する意義があるのか」という疑問。つまり、「耐震補強をするメリット」が分からないということなのではないでしょうか。
なぜ耐震補強をするのでしょうか。私は、これに対して「構造的なリスクが減る」という答えがよいのではないかと思っています。「リスク」とは、「ある行動に伴って(あるいは行動しないことによって)、危険に遭う可能性や損をする可能性を意味する概念」(Wikipedia参照)を指します。つまり、耐震補強を行うことで、構造に関する様々な危険や損失に合う可能性が減るということです。
ここでいう「構造的なリスク」とはどんな被害を被る可能性を指すのでしょうか。その被害とは、建物が破損することによって生じる物質的、精神的、社会的、経済的な被害を指します。建物の材料が破損することもその一つですし、建物が壊れることで人が傷つくこともあります。文化財を壊してしまったことで社会的な避難を浴びることもあるかもしれませんし、他の人や物に被害を与えることによる経済的な賠償を支払わなければならないことになるかもしれません。
耐震補強を行うことで倒壊をする可能性が低くなるのであれば、それらの構造的なリスクを減らすことができます。耐震補強とは、所有者や管理者が文化財建造物を管理する上でのリスク管理のひとつなのだと思います。
耐震補強は、「する」と「しない」の二択ではありません。「する」場合においても、耐震補強をどの程度の補強をするかによって耐震性能は異なります。補強の効果を高くするほど、構造的なリスクも低くなっていきます。その場合には、「どこまで補強をすればよいのか」ということが問題となります。
耐震補強をするということは、構造的なリスクを減らすということが目的です。では、構造的なリスクをどこまで減らすことを目指せば良いのでしょうか。
私は、人に対する安全性を考えた場合、「他の建物と同じくらいの耐震性」ということが最も効率よくリスクを減らすことができるのではないかと思っています。
ディベートの例でもあったような「自分の建物だけが先に壊れる」ということは、とても構造的なリスクが高いと考えるからです。確かに少しであっても補強効果があれば、構造的なリスクは減ります。しかし、社会的に通常必要とさている耐震性まで到達している場合としていない場合では、社会的な視点からのリスクの差は非常に大きいと考えています。
そのため私は、文化財であっても日本においては建築基準法で建てられる建物と同程度の耐震性を保有していることが、リスク管理上最もよいと考えています。ただし、あくまでこれは構造設計者として私の見解ですが。
文化財建造物にとってどのようにリスク管理をするべきか。このように、リスクという考え方に基づいた場合においても、やはり現代社会での安全に対する考え方とは切って考えることはできないように思います。
では、今回はこの辺で。