-文化財建造物の構造補強方法の選択-
みなさま、こんにちは。
文化財構造計画の冨永です。
あまりにも暑い日が続いていて、「今日も暑いですね」という挨拶もちょっと飽きてきました。先日、小屋裏と床下の調査を行いましたが、その温度差に驚きました。小屋裏はものすごい暑さですし、床下は地面がひんやりして涼しかったです。猫が床下にいる気持ちがよく分かりました。
さて、今回から構造補強めがね論について書きたいと思います。
この話は、先日の登録有形文化財建造物修理関係者等講習会で少しお話させていただいたのですが、終わった後に、何人かの方に「よく分かった」とお声がけ頂いたので、ここでも書いていきたいと思います。
まずは、文化財建造物に対して、構造補強方法をどのように選択していくのかというところから、お話したいと思います。
文化財建造物の耐震性が不足した場合、その対策のひとつとして構造補強を行います。文化財建造物の場合には、構造補強が文化財的価値を損ねないような配慮が必要です。その配慮すべき点として次の4つの項目が挙げられます。
意匠性 / 歴史性 / 可逆性 / 区別性
意匠性とは、文化財建造物の意匠に配慮して補強を行うということです。床下や小屋裏などの見えない場所で補強する場合には、意匠への影響はほとんど無くなります。壁の仕様を変更して耐力壁にし、同じような仕上げを行うことも意匠性に配慮をしていることになります。
また、どうしても通常使用する範囲で見える補強をせざるを得ない場合は、その見え方についても建造物の魅力を極力失わないように配慮をする必要があります。意匠性の問題は、文化財の価値を考える上で、もっとも分かりやすい項目になります。
次に歴史性についてですが、これは材料自体の価値や文化財としての仕様への配慮になります。文化財建造物は、修理において傷んだ部材を取り替えることによって維持されてきました。その中には当初からずっとその建物を構成している貴重な部材も残っています。その部材には、当時の加工技術の痕跡やこれまでに間仕切りなど変更してきた跡、経年による変色や風合いなど、貴重な情報が多く保存されています。
そのような当初の部材と、修理のために取り替えた部材では、同じ形状であってもその歴史的な価値は全く異なります。構造補強を取り付けるのであれば、当初の貴重な材料に行うよりも新しく取り替えた場所に行う方が、文化財としての価値は保存されます。このようなことが歴史性への配慮となります。
また、修理を行った場合でも本来の仕様を残すことは、文化財修理において重要なことです。壁の下地でも竹を編んでいるもの、木の枝を編んでいるもの、板になっているものなど、地域や時代によって異なっています。補強において壁下地を耐力壁に変更することは、意匠性としては問題はありませんが、当初の仕様を失うということでは、歴史性には影響することになります。
可逆性というのは、その構造補強を取り外すことができ、文化財建造物を補強前の形に戻せるようにするということです。これは、将来において新たな補強方法が発明されたり、社会や用途の変化で求められる安全性が変化した場合に、変更できるようにするためのものです。
これは、文化財建造物と構造補強というものは、全く別のものであることを示しています。構造補強という行為は、建造物を変更しているのではなく、建造物に対して仮設的に行っている補助的なものだということです。
よく勘違いされるのですが、可逆性とはいつでもすぐに外せるようにするということではありません。文化財としていつかその価値を取り戻せればよいのですから、次の解体修理の時に外せればよいものです。文化財とは半永久的に保存されていくことになるものですので、個人の時間感覚ではなく、もっと大きな時間の流れで判断をする必要があります。
最後に区別性ですが、これは構造補強がまるで建造物の当初からあったかのように見えてしまっては、文化財が誤解されてしまうので、補強と分かるように区別できるようにしておくというものです。これは、あえてガラスや鉄骨など近代的な材料を用いることや、近代的な意匠にするということではありません。木造のものに木で補強することでも問題ないですし、空間に違和感を覚えるほど区別する必要もないです。素木の部分に補強をした部材だけ黒い色を塗るなど少しだけ区別することでも十分かと思います。
これらの4つの配慮をする点を、すべてを同時に満たす補強はかなり困難です。実際に行われている補強においても、それらをすべて満たすものはほとんどありません。重要なことは、それらの4つの視点から検討した上で、その文化財的価値の中での優先順位を検討し、補強方法を決定することです。
例えば、土壁を耐力壁へ置換する補強の場合であれば、意匠性を満たしているけれども、下地の仕様が失われることで歴史性を損ねています。しかし、すべての壁を置換するのではなく、多くある壁の一部だけを耐力壁とするのであれば、他の場所に仕様が保存されていることになり、完全ではないけれども建物としてその仕様に関する歴史性を保持できたことになります。
すべてを満たすベストではなくても、様々な角度から判断して、よりベターな方法を探ること。それが文化財建造物の構造補強方法の選択において必ずやらなければならないことなのです。
今回は、めがねの話が全くでてきませんでしたが、それについては次回ということで。
めがね