-建物と補強の調和-
みなさま、こんにちは。
文化財構造計画の冨永です。
少し間が空いてしまいまして、申し訳ございませんでした。今回が、構造補強めがね論の最終話となります。
前回には、建造物の補強例を見ていただきました。文化財の構造補強においては補強の材料などにとらわれるのではなく、文化財的価値への影響を総合的に評価する必要があること、補強とは概念として建物自体の価値とは別物と捉える方がよいことを述べました。
今回は、建物と補強を区別した上で調和を試みた補強例を挙げたいと思います。
奈良国立博物館仏教美術資料研究センター(重要文化財 旧奈良県物産陳列所)/奈良
上の写真は、重要文化財旧奈良県物産陳列所で、現在は奈良国立博物館の図書館として使用されております。私は前職でこの耐震改修工事に関わりました。
この建物の耐震補強は、「みせる補強」ということをテーマにしております。補強が見えてしまうのであれば、逆に「見える補強をどのように建物に調和させるか」という試みを行っております。
通路口の枠の外側にある青いフレームが構造補強です。改修前は通路口は壁となって閉鎖されていましたが復原して開口となりました。写真における壁方向の耐震性が不足しており、耐力を補うために鉄骨フレームで補強を行っております。
壁で補強をすると壁の長さが少ないために強い耐力壁を入れる必要があり、当初の下地が失われることや耐力を発揮させるために基礎を設けて緊結する必要があるため、壁では補強を行わず、フレームを付加して柱と繋ぎ、地震による水平力を分担させるように設計しました。
また、補強は意匠性を重視するために、ボルトが極力見えないように継手を工夫しています。水平の応力が一番小さくなる中央部に継手を持ってくることで柱内部で継手を設け、その部分にはカバーをつけてボルトを隠すことで、補強をすっきりとみせています。
補強材の色については、これまでの補強事例では、補強が目立たないように黒、茶、グレーといった色とすることが多いのですが、ここはあえて青色にしております。文化財の色が木部の茶と漆喰の白ですので、それと区別しつつ調和する色として、青を採用しました。この色は活用として設置した間仕切のガラスサッシや2重サッシの枠などの金属部分の色にも用いており、活用の色として統一して使用されています。
補強の色や形状にも理念を持ち、建物と区別をしつつ調和を考えた結果、このような補強となりました。補強をめがねと例えることができるのではないかというのは、この事例を通して考えたことが元になっております。
この補強は、これまでの文化財の補強事例に比べると、補強を強調する側にかなり踏み込んだ事例となっているのですが、所有者および文化財関係者の方々からの評判も良く、安心しております。
上の事例は、意匠性、歴史性、可逆性、区別性というものに対する答えの一つとして挙げさせていただきました。もちろんこれが正解ということではありませんし、どの建物でもこのようにできるというわけでもありません。ただ、個々の建物の文化財的価値を把握し、文化財保存の観点から補強を考え、建物を補うための補強を建物と調和させるという手順は、どのような建物においても共通ではないかと思います。
これまでめがねの特徴を通して、文化財建造物の構造補強のあり方について説明を行ってきました。構造補強は多種多様なものであるため、すべてがこのとおりではないと思いますが、補強の考え方のひとつと認識して頂ければと思います。
人類で初めてめがねをかけた人は、とても勇気が必要だったのではないでしょうか。同じように、今はまだ文化財に補強をすることに抵抗がある方も多いのではないかと思います。
めがねが現代社会においてはなんら違和感のないものとして受け入れられているように、文化財建造物の構造補強についても、文化財を保存し活用するためには必要なものであるという認識が広まり、現代社会がより文化財と調和したものとなることを心より願っております。