みなさま、こんにちは。
文化財構造計画の冨永です。
またまた前回から間が空いてしまい、申し訳ございません。どうも年度末は手が取られてしまっていけませんね。4月からはもっと更新していきたいと思っておりますが。。。
今回は、前回にひきつづき、文化財建造物の構造検討において、文化財的観点・物理的観点・社会的観点の3つの観点での判断がどのようにされているかのをご説明したいと思います。前回は、耐震性能の判断をするところまで説明いたしましたので、今回は構造補強の考え方について述べさせて頂きます。
耐震診断の結果、その建物の用途において必要となる性能が不足していた場合、何らかの対策を行うことになります。構造補強(耐震補強)とはその対策のひとつです。
耐震性能が不足していても、経済的、文化財的理由等で耐震補強をしないことももちろんあります。建物自体が被害を受けることを前提として、建物の内部や近くに立ち入らないことで、倒壊した場合に危険な範囲に近寄らないなどのソフト的な対応によって、対策を行うこともできます。
ただ、建物を活用するために必要となる耐震性能を満たすためには、不足する耐震性能を何らかの方法で補い、性能を向上させる必要があります。この不足を補う行為が構造補強となります。
通常の建物であれば、耐震補強を行う際には、耐震性能を向上させる方法を検討するとともに、意匠的によいものにするためにどうすればよいかも考えます。その意匠を選択する際には、これまでの建物の意匠を全く変えていくことも選択枝の中に含まれます。補強する部分を壁にすることや、その際に外壁の仕上げを一新する、内装や平面計画を変更することも当然含まれます。
しかし、文化財建造物においては、補強前の建造物の意匠を保存していくことが前提となります。また、意匠のみならず、材料や技法、工法なども保存の対象となります。様々なものを保存することを前提としてどうするかが、文化財建造物における構造補強の最も難しいところです。
文化財建造物において構造補強を選択していく際にも、やはり3つの観点から検討をしていくことになります。
まずは、工学的な観点から検討していきます。何をすれば必要な耐震性能を満たすことができるようになるのか。耐震診断で確認した不足している性能を補う方法を検討していきます。その際には、様々な角度から補強を検討していくことが重要です。構造体の内部に補強を設置する方法や外部に付加する方法、また材料を鉄で行った場合と木で行う場合など補強材料の選択も検討してきます。
次にそれらの提案のうち、文化財的な観点から、どの補強案が文化財保存の観点から良いのかを判断していきます。構造補強は、そのままでは耐震性能を不足している建物に対して手を加えることになります。その手を加える文化財的価値に与える影響が最小限になる方法を検討します。
その守るべき文化財的な価値とは意匠的なものだけではありません。例えば、見えないように既存の壁を補強することが最もよい選択枝というわけではないのです。その土壁が建物の建設当初からの壁であった場合、その壁は材料、仕様、技法をも保存していることになります。鉄骨フレームなどで見える補強を行ってでもその壁を守るべきこともあるのです。そのあたりは、個々の建物での文化財的価値がどの部分にあるのかを考える必要があります。
補強を行った場合にどうしても文化財的価値に大きな影響を与えてしまう場合には、必要耐震性能からの見直しが必要となることもあります。補強をせずに建物の倒壊も許容し、人を立ち入らせないようにするという考え方がこれになります。この場合は、社会的な観点から設定する安全性について見直しを行っています。このように補強案を進めていく際には、文化財的価値の保存を行うために、当初の安全性の設定を変更することも考慮していく必要があります。
このように補強方法を選定する際にも、文化財的観点、工学的観点、社会的観点のそれぞれの観点から補強に対して検討を行います。ここで重要なことは、生じている問題点がどの観点から見た場合での判断なのかを把握しておくことです。文化財的判断からの主張を繰り返しても、工学的に不可能なことや、社会のルールを変更することはできません。それぞれの観点における守るべきところと譲れるところ、また守るべき優先順位を考え整理しながら、3つの観点全体での落としどころを見つける必要があるのです。
文化財建造物の構造補強においては、必ず3つの観点からの判断を行っています。文化財的価値に配慮をまったくしない補強は文化財破壊になりますし、必要となる安全性に達していない補強は所有者が大きなリスクを抱えることになります。どれが抜けても適切な構造補強とはいえません。3つの観点において、それぞれで何が重要となるかを常に把握しておくことが重要です。
これまで説明したように、文化財の耐震診断・構造補強は、全体を通して3つの観点を意識する必要があります。耐震診断の時点から3つの観点を意識し、それぞれの観点で重要なことが何かを把握しておれば、補強案も方向性を絞って検討することができるはずです。
私のこれまでの経験上、最小限度の構造補強を最も早く行うための秘訣は、最適の手順を踏むことにあると思っています。この3つの観点を常に意識することで、様々な意見を包括した構造補強案を検討するようにいつも心がけております。