ー木造建築には木の補強なのか-
みなさま、こんにちは。
文化財構造計画の冨永です。
建築学会の大会に出席するために北海道に行きましたが、札幌の涼しいこと。もう夏の終わりといった感じでした。でも、大阪はまだまだ残暑がきびしいですね。
さて、構造補強めがね論の第3回と参りたいと思います。
第2回までで、文化財建造物の構造補強とめがねの共通点を取り上げました。今度は具体的な構造補強事例を通じて、補強の概念について考えたいと思います。
「木造の建物に構造補強をするには、木と鉄とどちらがよいですか。」
こう聞かれると、ほとんどの方が「木がよい」と答えるのではないでしょうか。
それはなぜでしょう。おそらく、建物が木造なのだから、木の方がなんとなくなじみがよいように思いますし、鉄のような異種のものを入れることは、なんとなく木造であることを損ねてしまうような、穢してしまうようなそんな気になってしまうからではないでしょうか。実際、鉄を使うのは絶対いやだと頭から否定する人もよくおられます。
では、次に以下の2つの補強事例を見ていただけますでしょうか。
旧高橋是清邸
山口家住宅
どちらも開放的な座敷に対する耐震補強です。旧高橋是清邸は、敷居の外側と小壁部分に格子壁をいれる補強を行っています。一方、山口家住宅のほうは、部屋隅の縁の狭い側に鉄骨柱を立てて補強しています。
ただ、この補強の比較はちょっと平等ではありません。旧高橋是清邸のほうは2階建で、山口家住宅は平屋建の建物です。そのため必要な補強量は、旧高橋是清邸のほうが多くなります。それは少し頭にいれておいてください。
では、これらの補強案を見た後に先ほどと同じ質問をしたとき、みなさまのの答えは同じだったでしょうか。
これらのような開放的な空間で耐震補強が必要となるときは、補強を木造や伝統的な工法で選択するとなると、格子や板を重ねた壁や土壁を設けるなどの補強になります。
一方、鉄であれば、鉄材の固さと曲げに対する接合を溶接やボルトで固めることができることで、柱の曲げ耐力を使った補強をすることができます。
では、重要文化財の構造補強で重要なことは何だったでしょうか。意匠性、歴史性、可逆性、区別性でしたね。これらの視点で補強を比較したとき、果たしてどちらのほうがよいと思いますか。
この2つの補強例に関しては、歴史性、可逆性、区別性は、さほど大きな差はありません。問題は意匠性になります。どちらの補強が文化財の意匠に大きな影響を与えていますでしょうか。
私は、建物の内部空間や外部と内部の空間の連携を考えた場合、部材が小さく、建具周りに影響の少ない山口家の補強のほうが、文化財に対する影響が少ないと考えています。
この事例比較の結論として私が言いたいことは、鉄の補強がよいということではありません。補強方法の選択において、材料は特に重要ではないということです。
みなさまの中で山口家を選ばれた方の中には、はじめの段階では、鉄はいやだと考えていた方もおられると思います。「鉄はいやだけれども、この比較ならば、山口家のほうがよい」と。
それは、もはや補強を材料で選んでいません。最終的には意匠で選んでいることになるのです。
構造補強としての性能を満たすのであれば、補強の材料ではなく、文化財的価値の保存に必要な意匠性など4つの視点からの判断によって決めればよいのではないでしょうか。
先の回にも申しましたとおり、構造補強は建物ではありません。別物です。木造に鉄を使うことは、木造建物の構造形式を変えることにはなりません。建物に補強を付け加えているだけなのであり、それはめがねのようなものなのですから。
めがねは、そのフレームの材質によって、人としての価値が揺らぐことはありません。肌と同じ色や質感のめがねをかけることよりも、その人に似合うことのほうが重要ではありませんか。
前回のくくりとして、補強を建物とは別物として扱えば自由になると書きました。それは、このように木造の補強は木でなくてはならない、伝統建築には伝統的な工法で補強をしなければならない、といった固定概念の呪縛から解放されることなのです。
それらから解放されることよって、文化財の価値を損なわない補強とは何かをもっと自由に考え、選択することができるようになります。
では、その4に続きます。