みなさま、こんにちは。
文化財構造計画の冨永です。
あっという間に節分を過ぎてしまいました。早いですね。もう年度末も目前に迫ってきております。いそがしくしている内に、前回のブログ更新から1ヶ月も経過しております。どうも申し訳ございません。
さて、前回は文化財の構造補強を考える上で必要となる3つの観点についてお話をいたしました。その観点とは、
① 文化財的観点 文化財としての文化財建造物
② 物理的観点 構造物としての文化財建造物
③ 社会的観点 社会一般で認識される建築としての文化財建造物
の3つでした。
では、実際の構造検討において、これらの観点での判断がどのようになされているのかを順に説明したいと思います。
下に示す図は、構造診断から構造補強を行う作業フローの中で、その実施に伴う判断をどの観点から判断しているのかを表しています。
この図について、詳細に説明をしたいと思います。
構造診断(耐震診断)を実施するためには、まず構造体の強度や剛性、破壊性状などの構造特性を把握するための構造調査を行う必要があります。構造調査は、基本的に物理的な特徴を把握するためなので、調査内容を物理的観点から判断することが主となります。
ところが、文化財の場合、破壊を伴う調査を行うと、文化財の一部を破壊してしまうことになってしまいます。ただ必要な構造性能は把握する必要があるので、非破壊で調査ができないか、また最小限度の破損となる調査方法な何かとういうことを検討する必要があります。これら文化財への配慮が、構造調査に対する文化財的観点からの判断となります。
また、どの程度の数量を把握するべきか、どのような内容を行うべきかということには、社会で他の建物がどの程度の調査でその性能と判断しているのかという点も考慮にいれる必要があります。そのような配慮は、社会的観点からの判断を必要とするものになります。
調査後の構造解析は、構造体として地震などの外力を受けたときにどのように変形するのか、どの部分が破壊するのかというもの判断していきます。これは、物理的観点からの判断が必要となります。文化財としての価値が高くても壊れるかどうかということには影響をしませんし、社会が大切だと判断しても壊れ方が変化することはありません。
その次には、その変形状態が安全であるかどうかという安全性の判断を行います。これは、社会的観点からの判断になります。なぜなら、何をもって安全とするかということは、社会によって定められているからです。
地震によって壊れなければ安全と判断することは、どの社会でも共通です。しかし、どの程度の地震に対して壊れなければよいのかということになると、社会によって異なってきます。地震の多い地域、大きな地震が起きやすい地域と、地震がめったにない地域では、建物の建設時に想定する地震力の大きさも異なります。例えば、日本とヨーロッパでは、必要とする性能は大きく異なりますし、同じヨーロッパでも地震の生じやすいイタリアとほとんどないイギリスでは、やはり求められる耐震性能は異なります。
また、日本であっても、今の日本と昔の日本では、人の安全に対する概念も異なっています。そして将来においても、それらは変化していくことかと思います。安全性の判断は、それぞれの社会によって異なっているのです。
安全性は、社会の中での建物の用途によって変化します。ここでは、安全性と書いておりますが、人の安全という判断だけではなく、建物をどこまで壊れにくくするのかという点も含まれるので、必要な耐震性能といった方がより正確かもしれません。
例えば、誰も入らない建物であれば地震で倒壊しても、また修理することは可能です。一方、不特定多数の人間が多く立ちいる建物であれば、建物が倒壊すると、多くの人の命が失われ、取り戻すことはできません。また、さらに地震後の防災の拠点となる建物や橋や発電所などの機能が停止してしまうと直ちに社会に影響が出てしまう施設であれば、地震でも機能が停止しない耐震性が必要となります。
これら安全性や必要な耐震性能の判断には、文化財的判断は必要となりません。文化財的価値の高さによって用途を変えることはできますが、その価値によって必要な安全性が変化するものではないからです。
建物の保有する構造性能が、社会的観点から必要とされる安全性や構造性能に足りていれば、その建物の性能に問題はありませんし、不足する場合には何らかの対応策を講じる必要があります。その一つの手段が構造補強となります。
長くなりましたので、構造補強と3つの観点からの判断については次回にご説明をしたいと思います。